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魅惑な小悪魔10

 21時30分―。

 陽介は自室で、講義に使用するプリントを作成していた。ノート型パソコンを開いたまま、途中まで出来ている画面を眺めていた。21時を過ぎてから、時計が気になって仕方がなかった。1、2分くらいしか過ぎていないのに、5分も10分も時間が経った様な気分だ。何度見ても、なかなか進んでいない時計は陽介を苛々させた。

「シャワーでも浴びるか…」

背を反らして、気持ちよく伸びると立ち上がった。

ここで悶々としながら仕事を進めていても、何にもならない。集中してやってこそ、手際よく効率に出来る。このままではいけない、そう思った陽介は、気分転換をするために、浴室に向かった。

陽介は少し熱めの温度に設定すると、お湯を出し、服を脱ぎ始める。たまたま目の端に麻衣の化粧品が映っただけで、すぐに彼女のことを考えてしまう。

気分転換、気分転換。そう自分に言い聞かせながら、浴室のドアを閉め、シャワーを握った。

熱めのお湯はとても気持ちがいい。眠気も飛ぶし、頭もすっきりする。ただお風呂から出た後、なかなか汗がひかないのが難点である。

無意識に時間が気になってしまう陽介。風呂場にある時計を思わず、確認していた。

あと15分。今頃は駅に着いた頃だろうか…。それとも夜道を歩いているのか。

門限を気にせず、まだコンパを楽しんでいるかもしれない。

こんなのは自分らしくない。ため息をつくと、鏡に映っている自分を見つめた。

「馬鹿だな…俺」

 自嘲ぎみに微笑む陽介。すると、洗面所に入ってくる音が聞こえてきた。

「ただいまあ」

 風呂場のドアを2回叩くと、麻衣は彼に声をかける。洗面所に来たついでに、洗濯物をかごに入れているような音も聞こえてくる。

「麻衣か?」

「他に誰が帰ってくるのよ」

「そう…だな」

 時計を確認する陽介。22時になる10分前。麻衣は約束を守ってくれた。そう思うと何だか嬉しくなる彼だった。

「私も入ろうかな?」

 陽介は麻衣の言葉に瞳を大きく開ける。そして想像してしまう。彼女の裸を。シャワーを浴びに入ってくるその姿を。

「沈黙しないでよ。冗談よ、冗談」

「麻衣…入ってきても、いいぞ」

 今度は麻衣が驚いた表情になる。これは彼の本気ととっていいものだろうか。

「女をからかうなんて失礼だぞ。私も早く汗を流したいから、早めによろしく」

「了解!」

 麻衣は会話に一段落つくと、洗面所を出て行った。

「…からかったつもりはないんだけどな」

 陽介は独り言を言うと、口元を緩めた。もし、麻衣が入ってきていたら、この後どうなったのか。また想像してしまう陽介だった。

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魅惑な小悪魔9

 細長いグラスにスカイブルーの液体。グラスの飲み口には、可愛くカットされているグレープフルーツがついている。

 マドラーで軽くかき混ぜると、麻衣はグラスを軽く持ち上げて、唇が濡れる程度、酒を口に含んだ。

「その姿、色っぽいね」

「やだ! 褒めても何も出ないよ」

 明るく笑う麻衣に、岡田もつられて微笑んだ。

 麻衣は、岡田の店で一人、酒を楽しんでいた。携帯をカウンターのテーブルの上に置き、時々時間の確認をしている。仕事帰りの麻衣。化粧を綺麗になおしており、疲れている感じを全く見せていなかった。

「昨日、陽介に何か言った?」

 麻衣はグラスを磨いている岡田に話かける。『え?』という表情をする彼。しばらく考えると、思い出したように頭を上下に振った。

「特別に何かを言ったわけではないけど・・・何かあったの?」

「う~ん、今朝、コンパに行くから遅くなるって話したら怖い顔で『10時までに帰って来い』って」

 麻衣の言葉に、岡田はニヤリと笑う。やっと行動に出たか…そう思う彼だった。

「それで麻衣ちゃんはさっきから時間を気にしていたんだ」

「まあね。締め出されたら、帰る家がないもの」

「またまたぁ。例え遅くなっても、陽介なら入れてくれると思っているくせに!」

 岡田の言葉に麻衣はにっこりと微笑む。確かに彼が定めた門限を破ったとしても、しばらく静かにドアの前に立っていれば、家の中に入れてくれると思っている。

 しかし、麻衣は陽介との約束は必ず守りたいと思っていた。出来る限り彼の期待に答えたい。

 そう思う理由はただ一つ。

(彼が好きだから…)

「そういえば、コンパはどうしたの?」

 岡田は不思議そうに質問してくる。仕事から直接来たと来店したときに話していた彼女。コンパが入っていたのなら、そのコンパには行かなかったのだろうか。

「断った。幹事が会社の後輩だったから・・・。コンパに行ってたら、絶対10時には帰れないもん」

 カクテルを飲む麻衣。誘われたときから、あまり気乗りしないコンパだった。IT関係の会社だとか話していたが、コンパにはいい男が居ない。顔が良くても、性格が悪かったり、顔も性格も良くない男が多い。

 いろいろなコンパに誘われて参加したが、麻衣が出会った男性でキラリと光る男はコンパのメンバーに一人もいなかった。何人かの男に誘われたり、連絡先を聞かれたりしたが、恋に進展することも二人きりでデートすることもなかった。

 麻衣はまた携帯で時間を確認する。まだ帰るには早かった。

「嬉しそうだね」

「あれ? 顔が緩んでた?」

 岡田と目を合わせると、麻衣は頬をマッサージする。今朝の陽介の表情を思い出すと嬉しくてつい笑顔になってしまう。

「陽介の言葉、嬉しかったの?」

「まあね。私に関心をもってくれたって証拠でしょ?」

「好きなら告白すればいいのに…麻衣ちゃんなら断らないと思うよ」

 岡田の話に麻衣は鼻で笑う。麻衣はマドラーでカクテルを混ぜると切ない顔をした。

「彼なら、誰が告白してきても断らないよ。それじゃ、駄目なの。『お前だから、傍に居たい』と想ってくれなきゃ意味がないの」

「それで2年も同居?」

 岡田の質問に笑顔で答える麻衣。陽介が自分に振り向くまで、自分からはアピールしない。そう決めて、彼の住むマンションに行った。気がつけば、2年。途中、諦めて他の男性と付き合っても…と気持ちがぐらついてしまう時もあった。しかし、他の男性とメールをしてみて、陽介のほうがいい男だと再認識させられる。結局、彼しか自分は好きになれないのだ。

 大河内 芳史と別れてから、支えてくれた彼こそが、自分の今の好きな人なのだ。

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魅惑な小悪魔8

「あれ? 今日は早いね」

 部屋から出てきた麻衣に声をかけられる。陽介は既にスーツを着ており、髪もしっかりセットされていた。

「朝食、作っておいたから」

 陽介は、早口で言うと、その場を離れようとする。

「え? あ、お弁当は?」

 麻衣はテーブルに置かれている朝食を見つめながら質問した。

「いらない。今日は朝一で生徒を研究室に呼んでいるんだ。もう行かないと遅れてしまう」

「そう」

 麻衣は残念そうに呟く。陽介はキッチンを出ると、玄関へと急ぐ。麻衣も彼を見送ろうと、後ろをついて行った。

「あ…カレンダーに書き忘れてたけど、今夜は遅くなる、ね」

 麻衣は急遽、予定が入ったことを思い出して陽介に告げる。麻衣の言葉に陽介の動きが止まる。

(遅くなる?)

 右だけ革靴を履いた陽介は顔を上げて、彼女のことを見つめる。カレンダーには何も書いてなかった。今夜は一緒に夕飯を食べれると思っていたのだが…。

「夕飯は?」

「飲んでくるから、いらないかな」

「飲む?」

「うん。コンパに行くことになっちゃって。一人、急に駄目になったんだって…だから、私が…」

 陽介の顔がだんだん怖くなっていき、麻衣は最後まで言うことが出来なかった。今まで、コンパに行く話をしてもこんな怖い顔はしなかったのに。麻衣は気まずそうに微笑んだ。

「帰りは遅くなるのか?」

「う、うん。多分」

麻衣は後ろで手を組むとモジモジし始めた。悪いことをしているわけではないのに、陽介の苛々した態度を見ていると、どうしていいのかわからなくなってしまう。

 陽介は、腕時計を見る。口だけ動かしながら、計算をすると顔を上げた。

「10時までに帰って来い。いいな」

「うん・・・」

「不満か?」

「ううん。わかった」

「ちゃんと帰って来いよ」

 陽介は、そう言うともう片方の革靴を履いて家を出て行ってしまう。残された麻衣は、少し不満げにため息をつくと、居間に戻っていった。

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