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魅惑な小悪魔17

「はあ」

 ボールペンを持ったまま、陽介はため息をつく。大学での今日の講義は終わった。今は、研究室で学生のレポートに目を通していた。しかしなかなか先には進まない。

 麻衣の裸体が脳裏から離れずに、仕事に集中できないでいた。

 酔った勢いとはいえ、彼女になんていうことをしてしまったのだろう。昨日は一日、彼女といつも通りに過ごそうとしたが、体が固まってしまい、変な緊張感が2人の間にあった。多分、それは自分のせい。

 麻衣は体を重ねたことにそれほど抵抗はなかったのだろう。いつもと変わらない笑顔で、自分と向き合っていた。

「はあ」

「先生、彼女と喧嘩したの?」

 いつの間にか、部屋に入ってきていた寛子が声をかけてきた。陽介は驚いて、顔を上げるが、すぐに怖い顔をした。

「先生、携帯の番号変えちゃったでしょ?」

「新しいのを教える気はない」

「冷たい。寛子にも教えてよ」

 寛子は陽介の膝の上に座ると、手を彼の首にまわした。

「離れなさい。こういうことをするなら、私はもう帰る」

 陽介は無理やり椅子から離れると、デスクに置いてあるレポートを手早くまとめて鞄に仕舞った。

「大学の先生と、生徒で結ばれる恋って少なくないって…」

「私は彼女と別れる気はないから」

「それってこの前、会った人?」

「それはどうかな」

 陽介はそう言うと、研究室から出て行った。本当は室内に鍵をかけたかったが、まだ中には彼女がいる。そう思うと、鍵をかけることが出来なかった。

「お仕事、大変ね」

 自室で仕事をしていた陽介に、仕事から帰宅したばかりの麻衣は彼の部屋のドアを少し開けると声をかけてきた。

「ご飯、出来たら呼んでくれる?」

 麻衣に振り返ることもなく、陽介は言う。レポートから目が離せない、という雰囲気を出しているが、ただ彼女と顔を合わせづらいだけだった。

「わかった」

 麻衣は返事をすると、部屋のドアを閉める。居間に向かっていくスリッパの音が耳に入ると、彼は大きくため息をついた。

 どんな風に麻衣と接すればいいのだろうか。深く考えてしまう。考えれば考えるほど、泥沼に落ちていくような気がする。

 でもいつかは顔を合わせて、話さなくてはいけない。

 そろそろ心を決める覚悟をしなくては。

(俺って情けない)

 陽介は頭を抱えると、髪を掻き毟った。

 視線の下には生徒のレポート。

 あまり読む気も起きない。沢山ある文字を見て、大きく息を吐くとそのまま机に顔を伏せた。

(ちゃんと話すべきだよな……きちんと)

 麻衣の恥ずかしそうにしている顔が思い浮かぶと、陽介は頭を振って、雑念を振り払った。

 突然、携帯が机の上で鳴り出す。

 勢いよく身体を、まだ手に馴染んでいない新しい携帯を手にした。

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魅惑な小悪魔16

 陽介はまぶたを持ち上げるなり、瞳を大きく開けた。見慣れない室内に見慣れない布団カバー。勢いよく起き上がると、まわりを見渡した。カーテンレールに掛けてある洋服は見たことがある。麻衣がよく部屋着として着ている服だ。床には彼女がいつも使っているバックが綺麗に整理されて置いてある…ということはここは彼女の部屋なのだろう。

 では、なぜ自分はここにいるのだろうか。陽介は昨日のことを思い出そうとするが、二日酔いの酷い頭痛がそれを拒んだ。

「いってえ」

 痛む頭を軽く指先でマッサージをする陽介。視線を落とすと、さらに頭が痛くなりそうな事が起きていた。

「俺、服は?」

 何も着ていない。急いで足を確認する陽介。トランクスははいている。一体、昨日の自分は何をしたのだろうか。

 岡田の店に行き、麻衣と夕飯を食べつつ、お酒を飲んで…思い出せない。

「あ、起きてたの? 朝食、出来てるよ」

 部屋に入ってきた麻衣が笑顔で話しかけてくる。陽介は苦笑いを浮かべる。

 昨日、この部屋で何があったのか…。彼女に質問するわけにもいかない。でも知らないままでいるものどうかと思う。

「俺の服は…?」

 恐る恐る質問する陽介。麻衣は部屋のカーテンを開けると、ベッドに座った。

「洗ったよ。汗かいてたし、床に散らばっててもね…」

「汗…床…」

 陽介は麻衣の言葉に笑顔が引きつる。一体、自分は昨日、何をしたのか。汗をかくようなことをしたのか。床に服を脱ぐようなことをしたのか…。

「久々にするのは、痛いね~」

「え?」

 陽介は麻衣の言葉に思わず大声を出してしまう。すぐに喉をならすと、横を向く。

「ピアスよ、ピアス。久々に太いのを入れたら痛くて…やっぱりいつものにする」

 麻衣はベッドから離れると、棚の上に置いてある鏡の前に立った。そしてピアスを外すと、細い軸のピアスをつける。

「陽介、昨日のこと覚えてないんでしょ?」

 麻衣はピアスを変えながら、質問する。陽介の目が泳ぐ。その様子を鏡で見ていたのか、麻衣はクスクスと笑い出した。

「凄い酔ってたもんね、昨日は。覚えてなくても仕方ないかも…」

「わっ!」

 陽介は一瞬、昨日の映像が頭を横切った。彼の大きな声に麻衣は驚いて振り返った。

「何でもない。とりあえず、着替えてくるな」

 陽介はベッドから出ると、走って向かい側の部屋に入っていった。そこが自分の部屋。見慣れた光景にふと安心する。

 昨日の映像。それは麻衣の裸姿だった。陽介は頭をかかえるとベッドに倒れこんだ。

「酔った勢いかよ…」

 自分が情けなくなった。酔った勢いでしか、麻衣を抱けない自分が悲しくなる。こんな自分を麻衣はどう思っているのだろうか。

「格好悪いな、俺」

 陽介は小さな声で呟いた。

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魅惑な小悪魔15

「随分、買ったね」

 岡田がグラスをタオルで磨きながら麻衣に話しかけてくる。麻衣は隣の椅子や床に置いてある買い物袋を見ると、嬉しそうに微笑んだ。

「これ全部陽介が?」

 岡田の質問に麻衣が頷く。彼女の横で水割りを飲んでいる陽介が大きなため息をついた。

「俺の貯金を洗いざらい奪い取られそうだ」

「普段、使ってないんだから貯まってるだろうが!」

 陽介は岡田を見ると、麻衣の椅子に掛けられてある買い物袋の一つを取って彼の前に差し出した。

「どれもこれも、高級ブランドものばかりだ! 何か月分の給料が飛んでいったと思っている」

 またため息をつく陽介。『好きなものを好きなだけ買ってやる』そう言った手前、彼女の買う物に制限は出来なかった。

「『自分で払う』って言っていた麻衣ちゃんが懐かしいね」

「本当だよ。すっかり『女』になりやがって」

 陽介は水割りを飲み干すと、グラスを岡田の近くに置く。岡田はそれを受け取ると、新しい水割りを作り始めた。

「お褒めの言葉ありがとうございます」

 麻衣は陽介と目を合わせると含み笑いで言う。視線をそらす陽介。少し頬が赤くなっていた。

「あれ、今日は酔いが、まわるの早くない?」

 麻衣の言葉に、陽介は喉を鳴らす。岡田もチラリと彼の顔を見ると、何か言いたげな表情をしていた。

「忙しかったからな、仕事」

 言い捨てるように陽介は言うと、二人に顔を見られないように横を向いてしまった。

 岡田はニヤニヤとしたまま、水割りを彼の前に置いてあげた。

「今夜は麻衣ちゃんがサービスをしなくちゃだね。陽介に沢山、買ってもらったんだし…」

 岡田は麻衣にウインクをして言うと、彼女もニコニコと微笑んだ。

「いいんだよ、俺が好きでやったんだから」

「大人のルールは守らなくちゃ」

 麻衣の言葉に陽介は眉間に皺を寄せて、振り返ると彼女の顔を見た。麻衣は瞳を大きく開けて、彼の顔を見つめていた。

「『大人のルール』?」

 何だ、それは。聞いたこともない。陽介は首を傾げると、岡田の顔を見た。

「お前、変なことを麻衣に教えただろ?」

「何も。まあ、ただ男が女に貢ぐ理由…みないなことは前に話したかなぁ…」

 陽介は岡田のことを思いきり睨んだ。余計なことを教えて…。水割りのグラスをグッと握り締めると、一気に空にした。

「悪い男に引っかからないためにも、必要なことは知っておいた方がいいと思って」

 岡田は楽しそうに発言をする。こんなにも、彼が動揺するなんて面白い。クールで冷静な男が、アタフタする姿ほど見ていて楽しいものはない。それが学生時代から、知っている彼が女のことで動揺しているんだ。女性と沢山、付き合っていた事のある彼が。

 陽介は空になったグラスを前に出すと、不機嫌そうに立ち上がった。

「少し風にあたってくる」

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魅惑な小悪魔14

「先生、おはようございます」

 寛子が校内で歩いている陽介に後ろから腕を組んで挨拶をしてきた。陽介は彼女の顔を見ることもなく、腕を解く。

「おはようございます」

 感情のこもっていない挨拶。陽介は迷惑そうに喉を鳴らすと早足で彼女から遠ざかった。寛子は頬を膨らますと、小走りで陽介を追いかけて隣を歩こうとした。

「授業以外のことで質問を受けるつもりはないから」

 陽介は彼女と目を合わせることもなく、そう言うと研究室のある建物の中に入ってしまった。

 面倒な女が学生にいたもんだ。勉強よりも、恋路に夢中とは扱いにくい。学校だけでの係わり合いならどうにか我慢も出来るというもの。しかし彼女は自分の携帯番号を知っている。四六時中、携帯が鳴り響き。家でも仕事場でも落ち着いて過ごすことが出来ずにいた。

『先生、寛子だけ、冷たくしないで』

 またメールがくる。さっき校内で会ったばかりじゃないか。

 陽介はため息をつくと、携帯をデスクに放り投げた。

「着信拒否はどうやるんだっけな…」

 再び携帯を握ると、陽介はメニュー画面を開く。着信拒否にすれば、彼女からの連絡は少しは減るのではないか。そう思って携帯と睨めっこするが、基本的な操作以外、利用していない彼に着信拒否の設定方法などわかるはずもなかった。

「はい、出来たよ」

 スーツのまま、ソファの前に立っている麻衣が携帯を差し出した。家に帰ってきたばかりの彼女を捕まえて、寛子からの着信を拒否出来るように設定をお願いしていた。

 麻衣の呆れている表情の視線が痛い。どうしてこんな設定すらも出来ないの? そう心の中で思われているに違いない。しかし研究室でいくら画面と睨めっこしても、操作がわからなかったのだ。

 弁護士事務所に戻ってからも、しばらく書類の手を止めてチャレンジしてはみたが、出来なかった。

 その間も寛子からのメールや着信は止まらない。1分、1秒でも早くこの携帯から解放されたかった。

「そんなに嫌なら、番号変えちゃえば?」

 麻衣はソファに座っている陽介の隣に腰を落とす。彼女の太ももが自分の足に触れただけで、陽介の心拍は早くなった。

「新しくなった番号の連絡が面倒くさくないか?」

「この際だから、増えすぎたメモリを整理すれば?」

 麻衣に言われ、携帯の電話帳を開く。確かに仕事関係や親しい友人以外にも、登録されている。コンパで知り合った女性やナンパをした女性。学生時代に親しくしていても社会人になって全く連絡していない知人。

 この機会に整理するもの悪くない。でも電話番号、メールアドレスがかわりました…と連絡しなくてはいけないのは、やはり面倒だ。

「ずっと生徒からの電話で悩んでいるよりはいいんじゃないの?」

 麻衣は、彼の考えていることを理解しているかのように発言をする。自分がもし携帯を変えるなら…そう考えてみて思うことを、きっと陽介も悩んでいるのではないか、そう思っていたのだ。

 それに彼にはメモリを整理して欲しいと思うお願いもあった。彼には今まで沢山の女性関係があったに違いない。以前の彼なら、来るもの拒まずの恋愛論だった。それを考えると、携帯の電話帳にはきっと彼と関係した女性たちのデータが入っているはず。このまま残しておけば、再び連絡をとる可能性だってある。そうならないためにも、電話帳の整理はして欲しかった。

「確かにそれはあるな」

「でしょ? 明日、休みでしょ? 私も買い物に付き合おうか?」

 陽介は眉間に皺を寄せると、麻衣の顔を見つめた。

「買い物に付き合って欲しいのはお前だろ? 俺と一緒に出かければ、何か買ってもらえると思っているだろ!」

 麻衣は軽くウインクをすると、陽介の足に手を置いた。

「ブーツと洋服。それと…バックにパンプス…」

「あ~、はいはい。お好きなものをどうぞ…って今は夏だぞ。ブーツは早くないか?」

「早くないわよ。冬に履くなら、今のうちからチャックして買っておかないと良いのは売り切れちゃうもの」

 そう言うと麻衣はテーブルに置いたままになっている雑誌を広げて、陽介に見せた。

「久々のデートだ。好きなものを好きなだけ買ってやる。今夜は充分考えておけよ」

 開いている雑誌を陽介は見もせずに、立ち上がるとそう口を開く。

「デート?」

 麻衣は不思議そうに繰り返す。陽介は振りかえるとニッコリと笑った。

「男女が2人きりで出かけるんだ。デートだろ。俺とじゃ、不満か?」

 陽介の言葉に、麻衣は嬉しそうに微笑む。そして背を向けた彼に、彼女は後ろから抱きついた。

「麻衣?」

「ありがとう、陽介」

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魅惑な小悪魔13

 陽介は生唾を飲み込むと、麻衣の肩を掴み、軽く彼女の唇に重ねた。

「陽介?」

 麻衣は手に持っていた雑誌を床に落とすと驚いた表情で彼のことを見つめた。

「いい女なった御褒美ってことで」

 陽介は笑顔でそう言うと、立ち上がった。

「さて、俺はもう一仕事してから寝るかな。麻衣は早く寝ろよ。朝、早いんだろ?」

「え、あ、うん」

「じゃ、おやすみ」

 麻衣に振り返ると、陽介は片手を上げた。

「おやすみなさい」

 麻衣は雑誌を拾うと、陽介に挨拶をかえした。

 バタン。

 陽介は自室の扉を閉めるとベッドに横たわった。そして唇を触ると、先ほどのことを思い出した。

 キスをしてしまった。しかも自分から。凄く大人な女性に見えて、我慢が出来なくなってしまった。

 キス以上のこともしたい。麻衣にキスしたときにそう思った。かろうじて残っていた理性でそれを止め、暴走する前に部屋に退散してきた。そんなところだった。

 緊張した。今までにキスをするだけでこんなに緊張したことがあるだろうか。

「陽介?」

 ドアをノックして声をかける麻衣。陽介は驚くと飛び上がった。

「何?」

「携帯、忘れてるよ。これ、五月蝿いからどうにかして」

 置きっぱなしにしておいて、とは言えそうにない。起き上がると、部屋のドアを開けた。

「うわっ」

 ドアを開けると同時に、麻衣に抱きつかれた。彼女の胸が自分の体に触れている。そう思っただけで心臓が早くなった。

「驚いた?」

 悪戯な笑みで言う麻衣。からかわれているのだろうか? それとも誘われているのか? 勘違いしそうになる。

「誘ってるの?」

 陽介の問いに麻衣は真面目な顔になった。

「どう思う?」

「男は単純だよ?」

 麻衣はクスっと笑うと、陽介から離れる。携帯を持ったまま、彼の部屋に入るとベッドに座って足を組んだ。

「誘ったら抱いてくれるの?」

 陽介の体が硬直する。このまま彼女を抱いてもいいのだろうか? 彼の中で葛藤が始まった。

「あんな小娘に陽介を獲られるのなら、私を抱いてよ」

 麻衣はTシャツを脱ぐ。彼女の上半身は下着一枚だけになった。

「わ、悪い冗談だろ?」

「冗談でここまで脱ぐ?」

 陽介は一瞬、目を彼女からそらす。本気モードになってもいいのだろうか。もう一度、自分に問いかけた。

「…なあんてね。驚いた?」

「は?」

 急に明るい声を出す麻衣。Tシャツを着ると、立ち上がった。

「キスのお返し」

舌を出して笑う麻衣。一気に力が抜けた陽介はヨロヨロと壁に寄りかかった。

冗談が過ぎるぜ。本当に抱くところだった」

「それは大変。逃げなくちゃ」

 麻衣は携帯をベッドに置くと、陽介の部屋を出て行った。

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