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恋のトラウマ2

どうして? なぜ、こんなことになっているの?
 薫は自分の心の中で自問自答する。新幹線の中、走りすぎる風景を眺めながら、彼女は指は落ち着き無く動く。
 隣の席には、小泉 稜が澄ました顔で座っている。昨日のスーツのまま、ドアの上にあるニュースのテロップをジッと見つめている。
『俺も、小松と一緒の新幹線で行くわ…』
 酔った勢いで、男女関係なく八人でカラオケに行った。お酒の力も借りて、一次会のような気まずさも取り払われ、盛り上がった。朝になり、始発の新幹線で帰ろうとした薫に、稜も一緒に立ち上がった。
『じゃあな。そういえば、お前も東京だったな。たまにはこっちにも顔出せよ』
 平田がそう言うと、ヒラヒラと手を振った。
『俺は埼玉だ』
聞いていない、そんなこと。
 彼が地元を離れて、埼玉に来ているなんて…同窓会の時もカラオケの時も話していなかった。薫が聞かなかったから、知らなかったということもある。一緒の新幹線で帰る…そう考えるだけで、薫の頭は爆発寸前になった。都内まで二時間弱。何を、どうやって時間を過ごせと言うのか。誰か、間に入ってくれる人もいない。二人きり。薫は緊張で、稜の顔を見ることさえも出来なかった。
「小松はどの駅で降りるんだ?」
「あ…板橋」
「近いな。俺は川口」
「一人暮らし?」
「いや、会社の寮。近々、出ないといけないんだけどな」
「…そうなんだ」
 薫は下を向く。会話が続かない。中学生のときは話しても話しても、話し足りなくて家の電話で長話をしていたくらいなのに。今は、全く会話が思いつかない。手に汗をかくばかりで、頭は真っ白。
「小松は一人暮らし?」
「うん」
 また終わってしまう。稜は優しく微笑んで、彼女の顔を覗きこんだ。薫は驚いて、体を引いて椅子の背もたれに体をぴたりとつけた。
「な…何?」
「そんなに緊張するなよ」
「緊張…」
 してない…と言おうとしたのに、喉がつまり声にならなかった。彼の優しい顔は、別れたときの表情と一緒。別れることに納得できないと叫ぶ、薫に優しく微笑んで『薫が理解出来るまで、きちんと説明するよ』そう言って、理由をきちんと話してくれた。でもそれが逆に、心に棘が刺さり、抜けなくなった。今も、ずっと心に引っかかり、恋愛も出来ずにいる。
「俺、小松のこと嫌いになって別れたわけじゃないんだ。だから、そんなに警戒されても…辛いっていうか、どう接していいかわからないっていうか…」
「え?」
 薫は顔を上げると、稜と目が合う。すぐに逸らすと、また下を向いてしまった。
「小松、綺麗になったよな。正直、驚いた。高校のとき、別れなきゃ良かったって、昨日は本気で後悔した」
 稜の意外な言葉に、再び顔を上げる。視線が重なると、彼はにっこりと笑った。そして席を立った。
「俺、次の駅で降りるな」
「え? だって埼玉だって…」
「ま、そうなんだけど。小松の辛そうな顔見てるの、俺も辛いから。ごめんな」
 稜は片手を挙げると、電車が止まるなり、ドアに向かって歩き出した。駅に降りると、薫の座っている窓の前に立って笑顔で手を振ってくれた。薫も下唇を噛みながら、必死に笑顔を作ると彼に手を振り返した。
『別れなきゃ良かったって、昨日は本気で後悔した』
 薫の耳の中で、稜の言葉が何度も繰り返し聞こえてくる。
どうしてそんなことを言うの? 嫌いになって別れたわけじゃないってどういう意味?
 稜への気持ちを消化し切れていない薫にとって、彼の言葉は痛いくらいに突き刺さった。
 新幹線が動き始めると、すぐに稜は見えなくなった。次の同窓会があるまで、もう稜には会えない。それは何年後のことだろうか。その頃には、彼への気持ちに整理がついているといい。そう思う薫だった。

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恋のトラウマ1

『お前の我が侭には、もう付き合えない…それに、お前の気持ちが重たすぎる』
 15歳の夏に小松 薫は大好きな彼 小泉 稜に振られた。地元の小学、中学と同じ学区内で、中学二年の夏から付き合い始め、高校一年の夏にはもう別れていた。ずっと一緒に居たくて、稜と同じ学校を受験して合格した薫だったが、それが逆に辛い高校生活になってしまった。
 勉強も運動も出来る稜は、学校中の人気者。女子との噂は絶えず、耳に入ってきた。彼を想う気持ちは変らない薫にとって、針のむしろだった。どうしても諦められず、大学は地元を離れて都内の大学に進学。そしてそのまま、都内の会社に就職をした。それなりの大学を卒業し、それなりの会社に就職した薫の人生は、それなりの生活だった。
 特にお金があるわけじゃない。男性にもてるわけでもない。恋人もいない。同年代の女性よりも合コンの機会は多い…かもしれないが、別にそれが薫にとって優越感に浸れるものでもなかった。
「ねえねえ、エステティシャンってもてるんじゃないの?」
 友人からよく言われる質問。都内の美容関係の会社に入社した薫。確かに一社員として、自分の美容には気をつけているが…それが男性にもてるということには比例しない。確かに声をかけてくれる男性はいるが、でも薫は付き合えない。彼氏がいないのだから、気兼ねすることは全くない。しかし『この人、好き』と思える男性に、めぐり合えることがなかった。
「まじ? お前、本当にあの小松薫かよ?」
「整形してるんとちゃう?」
「すっかり東京の女になったなあ」
 同窓会のお知らせの葉書を片手に、貸し切ったレストラン内に入ると、見知った顔の友人たちが声をあげる。
 懐かしい。
 薫は大きな旅行鞄を抱えながら、変らないクラスの雰囲気に笑みが零れる。明るい声の絶えないクラスメートたち。どのクラスよりも、纏まりもよく協力的でいつもまわりから羨ましがられていた。当時、仲良くしていた女子メンバーを見つけると、薫は手を軽く振り、小走りでその輪の中に入る。
 本当は、稜がこの同窓会の来ているのか、気になった。でも店内を見渡して、確認するほどの勇気は彼女にはなかった。
「かおるぅ? 本当に薫なの?」
 椅子に座っていた牧野 里香が瞳を大きくして口を開いた。
「久しぶり、里香! 元気にしてた?」
「元気元気! 薫、雰囲気変ったね~。女だよ、女。ユルユル巻き髪に流行の服なんて着ちゃって…どっかのモデル?」
 里香の隣に腰を下ろす、薫。彼女は、薫の髪を触って明るい声で質問する。薫は手を振って否定すると、旅行鞄を足元に置く。
「違うって。同窓会だから、気合いいれただけ」
「何、お前…実家に泊まらないのか?」
 後ろから男子の声が聞こえてくる。薫が振り返ると、平田正志がビールを片手に質問していた。
「明日も仕事だから、駅前のビジネスホテルにでも泊まって朝一の新幹線で帰るつもり…もしくは朝までカラオケ…かな?」
「え? 俺もカラオケしちゃおうっかなぁ」
「嫌だよ。男とカラオケなんて…行くなら里香と智美とだよ」
 平田はそう言いながら、薫のとなりに座る。
「相変わらず、潔癖だな~。小泉以外は受け付けないってか?」
 平田はケラケラ笑い声を上げる。『小泉』その名前を聞いて、薫の胸が苦しくなる。それを隠すかのように、平田の背中を思い切り叩くと薫はべーっと舌を出した。
「残念! 小泉君とは高校のときに別れてるの」
「まじ? じゃ、俺にも可能性あり?」
「またまた残念! 可能性はゼロですね」
 今度は薫が声をあげて笑う。平田はチェっと舌打ちすると、ビールを飲む。その姿を見ながら、里香たちと笑っていると、目の端にこっちを見ている男の姿を捉えた。薫は男の方に視線を動かすと、立ったまま飲み物を飲んでいる姿に胸が締め付けられた。
 …稜。
 仕事帰りに寄ったのだろうか。スーツにネクタイで、壁に寄りかかって立っている稜は、真っ直ぐに自分を見つめていた。その視線が痛いくらいに、薫に突き刺さる。
「あれ、稜じゃん。一人で飲んでるのかよ、あいつ。こっちに連れてきてやるよ」
「ちょっ…」
 薫が止めようとしているのに気がつかない平田は席を立つと、稜の腕を引っ張って無理やり彼女の隣に座らせた。
「久々に元カノと再会したんだろ? 再会の記念に、話でもしろよ」
 平田はそう言うと、前々から座っていた友人たちを連れて違う席に行ってしまった。テーブルに二人きりにされてしまった。皆がこっちを見ているようで、まわりを見渡すことが出来ない。何を話したらいいのだろうか。話が出来たらいいな、と思って参加した同窓会だが、急に二人で話せといわれても困る。高校のとき別れて以来、話しもしたことがない。校内で会っても、別れたことが辛くて挨拶すら出来なかったというのに。
「…元気に、してたか?」
 稜が先に口を開いた。
「あ…うん、まあ」
「まだ東京にいるのか?」
「うん」
「東京で就職したのか…」
 独り言のように稜が小さい声で言った。
「あ、そうだ。これ、名刺。近くに来たときは連絡頂戴。彼女を連れてきてくれたら、なお最高。サービスするよ…皆にも! これサービス券ね。近くに寄った際は連絡よろしく」
 異様に明るい声で言うと、席を立って女性人たちにエステのサービス券を渡していった。
「え? 薫の店?」
「違うちがう! 店長だけど、会社の支店だから…店長な分、サービスには期待してて」
 稜から離れたまま、薫は他の席に座り、エステの話で盛り上がった。

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